K-37.慶應通信、西洋史概説Ⅰ(その1:中世ヨーロッパの農村世界)

K.慶応義塾大学 通信教育課程

 

 慶應義塾大学 通信教育課程(以下、「慶應通信」)文学部 第二類(史学) 卒業を目指し、その学びを書きとめる当ブログ、今回の記事は参考文献のご紹介です。

 今回ご紹介する参考文献はこちらです。慶應通信テキスト科目、「西洋史概説Ⅰ」の参考文献です。

堀越宏一『中世ヨーロッパの農村世界』 山川出版社、1997年

本記事の書きとめは、

  • 『中世ヨーロッパの農村世界』の紹介①:概要
  • 『中世ヨーロッパの農村世界』の紹介②:中世農業革命
  • 『中世ヨーロッパの農村世界』での学び

の3本です。

 「西洋史概説Ⅰ」の2022年度講義要綱で紹介されている参考文献は、以下の8冊です。この8冊以外に慶應通信作成のテキストがあります。また、講義要綱では 山川出版社の「世界歴史体系」シリーズの中世に関する巻 も参考文献として挙げています。しかし、シリーズのどの巻が該当するのか分からなかったので、本記事では触れません。

・堀越宏一ほか編著『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』ミネルヴァ書房、2013年
堀越宏一『中世ヨーロッパの農村世界』 山川出版社、1997年 ← !!!本記事!!!
・F. ギース・J. ギース『 中世ヨーロッパの農村の生活』講談社、2008年
・B.H.スリッヘル・ファン・バート『西ヨーロッパ農業発達史』日本評論社、1969年
・リン・ホワイトJr.『中世の技術と社会変動』思索社、1985年
・ロベール・フォシェ『ヨーロッパ中世社会と農民』杉山書店、1987年
・ヴェルナー・レーゼナー『農民のヨーロッパ』 平凡社、1995年
・森本芳樹『中世農民の世界―甦るプリュム修道院所領明細帳』 岩波書店、2003年

『中世ヨーロッパの農村世界』の紹介①:概要

 『中世ヨーロッパの農村世界』は以下の4つの章に分かれています。

  • 1:中世農村を取り巻く自然
  • 2:フランク時代の農村
  • 3:中世農村の成立
  • 4:黄昏の中世農村

 本書冒頭に触れられています通り、中世農村と一言に言っても、時代や地域により様々な特徴があります。また、分かっていることが少ないため、本書の説明も時代や地域があっちこっちに飛びます。したがって、おおざっぱな中世ヨーロッパの政治史と地理関係を把握しておかないと、本書を読み通すのに時間がかかります。

 たとえば例として「現代日本の農業」をテーマにした本書の類似書があったとします。本書にならえば、章立てはおそらく以下の感じになるでしょう。

  • 1:現代日本を取り巻く自然
  • 2:稲作の移り変わり
  • 3:現代日本農業の成立
  • 4:現代日本農業の課題

 まず現代日本を取り巻く自然で、日本海側は雪が多く、太平洋側は夏に雨が多く、北海道は冷涼で、という説明がされます。次に稲作の移り変わりでは戦後に機械化・化学肥料や農薬の進歩などによって生産量が増加し云々、現代日本農業の成立では近郊農業、促成栽培・抑制栽培、果樹畜産など各地域の特色にあわせた多様な作物が云々、最後に現代日本農業の課題では労働人口の高齢化、耕作放棄地、自然災害に触れることになるでしょう。

 この際、「え?日本海側ってどこ?」、「戦後?何の戦争?」、「近郊農業?大都市ってどこのこと?」といちいち引っ掛かって調べているとその度に読書が中断されるので、大きな流れがつかみにくくなります。もちろん多数の引っ掛かりを放置して本を読み通したとしても、理解は進みません。

 そこで本記事では章立てを無視しまして、ざっくりと『中世ヨーロッパの農村世界』の情報整理を試みます。まずは以下の表を眺めてください。

時代年代気候農村人口開墾穀物価格
メロヴィング朝期5世紀後半~8世紀中小氷河散村
カロリング朝期8世紀中~10世紀後半温暖集住
10世紀後半~12世紀後半温暖集住増加11世紀後半より活発化上昇
13世紀寒冷集住増加盛ん上昇
14世紀寒冷集住減少停滞下落
14世紀後半~16世紀中温暖集住増加低迷
『中世ヨーロッパの農村世界』より情報を抜粋。-は本書に記載がなかった情報。

 表から読みとれるポイントは以下の通りです。

  • ローマ帝国報告後、13世紀ごろまでは概ね農村は発展する
  • 14世紀に入り、人口増加・気候の悪化・飢饉疫病・戦争により農村は危機を迎える
  • 15世紀に入り、気候が温暖になるとともに危機を乗り越えて再び人口は増加に転じる

 本書では13世紀までの農村発展の記述が充実しています。大発展の要素として11世紀から始まる中世農業革命が説明されています。さてそれは一体どんなものだったのでしょうか? 

 

『中世ヨーロッパの農村世界』の紹介②:中世農業革命

 間違いなく史学を学ぶ現代大学生にはバイブルとも言える必携の書が2020年春に刊行されています。下記がそれです。

 金澤周作監修 『論点・西洋史学』 ミネルヴァ書房、2020年

 『論点・西洋史学』はタイトル通り、西洋史学で論点になっている項目を分かり易くコンパクトにまとめた一冊です。取り上げられている論点は全部で139です。

 慶應通信でレポートを作成して合格するためには、各テーマに関する最新の論点を把握しておくことが不可欠です。レポート作成の第一歩として、レポート課題を把握した後、入門書を探して基礎知識と論点を知る事が不可欠です。ところがこの『論点・西洋史学』を手元に置いておけば、その作業の大部分をカットし、いきなり専門書を読むことから始めることができます。

 正直、レポート作成に悩む日々の中、書店でこの『論点・西洋史学』の存在を知った時の狂喜は忘れられません。その場で小躍りしたくらいです。安心してください、踊ったのは私の頭の中の小人ですよ。実際に書店で中年オヤジの私が躍って周囲から寒い視線を浴びたたわけではありません。

 さて、これから本記事で触れます、中世農業革命も139の論点の1つとして取り上げられています。一部引用します。

中世農業革命はどのような点で「革命的」といえるのだろうか、またいえないのだろうか。

『論点・西洋史学』p.75

 『中世ヨーロッパの農村世界』では主に以下の4点を革命的として取り上げています。

  • 水車利用の拡大
  • 鉄の生産
  • 牛から馬への家畜利用転換
  • 三年輪作の普及

 水車、と言えば私でも実物大の模型を見たことがありますのでイメージは容易です。しかし、イメージはクルクルと回る水車の方ばかりです。見ている内に瞑想効果が出てきます。脳内に水車が動いているイメージを思い浮かべるだけで瞑想できそうです。しかし、中世農業革命として大事な点はもちろん水車を見ながら農民たちが瞑想をして世界観を広げた(かどうかは全く知りません)点ではなく、動力源としての水車・風車です。

 鉄の普及のインパクトは想像が容易だと思います。私は家庭菜園が趣味です。鉄製の鍬でも一日畑の土を反転させていると翌日は身体が言う事をきいてくれません(そしてまた仕事は手抜きすることに…)。農業の効率化のみならず、森林や沼地の開墾などにも鉄の普及は農村発展の大きな原動力になったことでしょう。

 牛から馬への転換は私の場合、最初はピンときませんでした。なんとなく牛の方が体が大きく、力が強い先入観があったからです。しかし実際には牽引力、速度ともに馬は牛に勝ります。もっとも馬の能力を発揮するためには蹄鉄や首輪式の引き具が必要ですし、大量の馬を育てるためには餌である燕麦の生産量増加が不可欠です。なんとなく個人単位で、(牛より馬が強いなら馬をもっと利用すればいいじゃない)と思ってします。しかし、社会単位で考えると馬の能力を発揮するだけのインフラ整備が必要であることが分かります。

 三年輪作は耕地を冬畑・夏畑・休耕地(家畜の放牧地になります)の3つにわけて運用するシステムのことです。個人単位ではなく、村落共同体として共同耕作するようになると三圃制と呼ばれます。個人的にまだこの三年輪作の絶大性について、知識としては分かるものの、実感はありません。私の場合、家庭菜園は有機で遊んでいます。小麦を作った経験がなく、野菜作りで遊んでいる経験が、かえって理解を妨げてしまっています。例えば連作障害は輪作で防止しているので(ああ、今年はトマトの出来が悪いなぁ。去年と同じ土で作ったからなぁ。)といった実感を持ったことはありません。生半可に現代日本農業の知識をかじっていることが理解を妨げてしまっています。 

『中世ヨーロッパの農村世界』での学び

 本書の冒頭で興味深い記述があります。

しかし、中世ヨーロッパ封建社会の経済的基礎という視点から中世農村を分析することだけでは、その歴史像の理解にかたよりが生じてしまう。都市文明のなかに住む私たちにとっては、中世であれ、現代であれ、農村のもつさまざまな側面は、乗りこえられるべき対象であるどころか、現代社会のひずみをただし、癒すための鏡となっているからだ。

『ヨーロッパ中世の農村世界』p.2

 ああそうだな、と感じます。

 私の場合、現代日本の都市に生き、定年後は地方で生活することを夢見ています。もともと地方の小都市に生まれて育っていることもあり、田舎暮らしへの過度な期待とあこがれを持っていることを自覚しています。本書は農村世界にだけ焦点をあてていますので、比較的偏見を持たずに内容を学べたと思います。

 しかしこの後、中世の政治経済、文化、都市、宗教に関する学びを深める中で、それらと中世農村を対置した際、私は本書での学びをそっくり活かせるか、というと自信はありません。なぜなら、どうしても都市民の自分が田舎暮らしに夢見る視点を混ぜてしまうだろう、と考えるからです。

 ただ一方で、そういう自分の思考の癖を認識しておくことで自分の中にあるバイアスを明確に言語化することができ、偏った見方を防止できる、とも考えられます。ヨーロッパ・中世・農村、これは、日本・現代・都市に生きる私にはかなり遠い位置にします。

 毎日一緒にいる家族よりも、今さっき知り合った人の気持ちの方がかえって分かることが多い、ということが頻繁に生じるように、距離が近いほど自分の中の(分かっている)気持ちがかえって真実を見えにくくすることがあります。

 本記事で引用した『論点・西洋史学』の中の、どういう点で中世農業革命が革命的と言えるのか、言う点は『中世ヨーロッパの農村世界』を通じておおむね把握しました。一方、革命的と言えない面はまだ自分の中で仮説を構築できていません。学びはまだまだ続きます。

 地理も時間も環境も距離が遠いヨーロッパ中世農村。(分からない)からスッと入れることで偏見なく見れる面と、自分の中にある農的な暮らしへのあこがれが引っ張ってくるだろう偏見が入る可能性とを意識しつつ、学びを深めて参りたいと思います。

 なお、本記事では触れませんでしたが、『中世ヨーロッパの農村世界』の一番面白いところは農村世界が変わっていく過程を詳しく説明してくれている点です。本書は100頁足らずなので、2~3時間程度で読了できます。未読の方は、本記事で概略を把握いただきまして、ぜひ本書を手に取って頂き、今はなき中世ヨーロッパの農村世界がどのようなもので、それはどういった変化から生まれたのか、という点を学んでみてください。

 卒業までに取得が必要な単位 … 残り84(入学以来半年、いまだ1単位も取得できていません(泣))

 何かの参考になれば幸いです。最後まで読んでくださりありがとうございました。

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